プロとアマの違いは何?

いやあ、いつも書き上げたあと、「来月は早く書こう」と思っているんですよ。。。
少し油断すると1ヶ月に一度、いや1ヶ月半に一度のペースになっていますね。
今回はこれです。少し我が事を書かせていただきます。

自動昇格

4月6日に開幕した関西学生サッカー春季リーグ3部Cブロックも5月11日に全日程が終了し、我が姫路獨協大学サッカー部は7勝1分、得点28、失点4という成績で優勝することが出来た。その後、AからDまでの各ブロック優勝チーム4チームにて順位戦も行われ、200年度秋季リーグ2部リーグ在籍の大阪経済法科大学を3-2、摂南大学を1-0で連破し、3部総合優勝を勝ち取り、2部自動昇格を決めた。同時に、夏の総理大臣杯予選を兼ねた関西学生サッカー選手権大会にも出場する権利を得ることも出来た。

今回から数回、私の1年2ヶ月の姫路獨協大学サッカー部における指導のお話しをしたいと思う。

赴任当初

2003年度関西学生サッカー春季リーグ戦が4月6日(日)から一斉に開幕し、5月11日(日)を持って我が大学が所属する3部Cブロックは終了した。私は昨年4月(2002年度)から姫路獨協大学サッカー部を指導することになったのだが、当時の2002年度春季リーグは開幕前の1月頃から新3回生を中心にトレーニングを重ねてきた学生達の希望もあり、4月から赴任してきた私は何も言わずただ毎日毎日練習、試合を見学していた。その春季リーグは学生達もよく頑張り、ブロック4位という成績を収めた。ただ、2部昇格への挑戦は出来ない状況であった。

リーグを終えた学生達は私のところへ来てくれ、「練習を見て欲しい」というようなことをいってきた。そのために大学に赴任したのだから私として指導することはやぶさかではない。さて何から始めようかと思って見ると・・・そう、こうなると、2ヶ月黙って練習、試合を見てきた事が功を奏す。各選手達の特徴、ウィークポイントがよく分析できた。
そして始めて指揮をとったのが6月の天皇杯兵庫県予選であった。初陣は先輩、甲南大学であり選手達はよくやったのだが0-6で破れた。しかし、これを機に私はチーム強化のビジョンを示し、チーム内における規律、練習の目的、行い方、考え方などを明示し、選手が納得した上でトレーニングをしていけるよう環境整備、状況整理を行った。

まだ・・・? 一度だけ・・・?

その後前期試験を挟んだものの練習は月曜日以外毎日行った。しかし当時のサッカー部員は10時の練習といえば10時過ぎに集まり、11時といえば11時過ぎに集まる。時間前に来たとしても1分前に歩いてやってくる。申し訳なさそうな振りも無い。早く来るように言っても直らない。言って直るくらいならとっくに実行している。そんなチームだった。土日に学校が無いときなどは10時から練習を行うと固定した。規則正しい生活リズムを作らせるためである。私は8時には必ず学校に行き少し仕事をし、9時前にはグラウンドに行き、考えたメニューに通りにコーン等、用具を設置した。9時半にはグラウンドに練習の格好で待っている、そんなリズムを通した。百聞は一見にしかず、選手達は次第に早く来るようになった。私は何も腹を立てることなく、ガミガミ言うことも無くただ早く来て用意をするだけだった。

ただ、一度だけ選手をこっぴどく怒った事がある。ある土曜日、10時から練習のあった日である。練習開始4~5分前に慌ててグラウンドに現れたある選手が「時間が無い」といってパンをグラウンドのベンチで食べだした。その時点で時計は10時を回っていた。“良い準備は良い結果を生む”という言葉をスローガンにしていた私はこの準備不足をしかった。そして何よりも皆が準備をして今まさに練習を始めようとしているグラウンド上の空気が読めないことに怒りを覚えた。というよりも情けなく思った。

「周りに敏感になれ、周りに敏感になれないものは上達しない」という確信に近いものを持っている私にとってそれは逆行する行為であり、理屈をあれこれ語るより私の喜怒哀楽を見せ付けることもたまには大切だと思いかなり激しく怒った。まあ、それ以来、当然のごとくそういったことは起こらないがなんとも情けない一幕だった。その子が今、警察の公務員試験に一次合格したと言ってきた。次の2次試験も頑張れ!!今回はここまで。

次回は私の考え方と指導内容について書きたいと思います。