疑問力

はじめに近況報告を・・・

2004年度関西学生サッカー秋季リーグは11月20日(土)に1位を争う大阪商業大学との直接対決の最終戦を終え、9試合5勝3分1敗、勝点17の同率で終了した。が、残念ながら得失点差2の差で2位となり、2部総合3-4位決定戦に回ることになった。

この日、立ち上がりから一進一退の手に汗握る攻防となった一騎打ち。後半8分に市川のゴールで姫路獨協大学が先制。しかし残り6分にコーナーキックから失点し、1-1で終了した。

最終順位は以下のとおりである。

順位 大学名 成績 勝点 総得点 総失点 得失差
大阪商業大学 5勝3分1敗 18 16 7 +9
姫路獨協大学 5勝3分1敗 18 17 10 +7
関西外国語大学 4勝2分2敗 17 16 11 +5
甲南大学 5勝1分3敗 16 23 10 +13

以下、5位天理大学、6位京都教育大学、7位神戸国際大学、8位大阪市立大学、9位京都学園大学、10位龍谷大学となった。

Aブロック1位大阪商業大学 vs Bブロック1位大阪産業大学の勝者は1部自動入替、敗者は1部9位の同志社大学と入れ替え戦、Aブロック2位姫路獨協大学 vs Bブロック2位大阪教育大学の勝者は1部8位の近畿大学と入れ替え戦、敗者は2部残留という状況が今後待ち構えている。我々は勝つしかなくなったというわけである。
ちなみに3-4位決定戦は11月28日、山城総合運動公園にて11:30からおこなわれる。

[* 関西学生リーグの記録はこのホームページにて見ることが出来ます。>>]

では、今日は我が大学の図書館報 “さぎそう” に掲載される私の原稿から。

さぎそう原稿

人が惚れる人、それは滲み出る心の豊かさが造るもの。
〜 本がもたらす不思議 〜

違う世界

人それぞれ専門分野、得意分野というものがある。私の専門はサッカーというスポーツを教えること・・・というのだろうか。というのだろうかという、やや曖昧な表現なのだがそれは自分自身が全く違う世界へ飛び込んだことから感じる表現である。“全く違う世界”についてどちらが良いとかを言うつもりは無い。ただ少し感じることがある。

本学へ就任して3年目が過ぎようとしているのだが、私がサッカーの指導を始めたのは大学を卒業した時からであり、本学へ赴任するまではサッカーの指導のみで生計を立ててきていた。サッカーの指導を始めた頃は当然のことながら指導の経験は無く、サッカー指導理論を頭に入れていくどころかプレーヤーとしての過去の経験に基づく感覚のみでその場をしのぎ、いわゆる現場のたたき上げ方式、実戦経験方式による指導法というものばかりだった。19年経った今、自分が身を置いている大学という世界は逆にその経験主義的な“現場”とは違い物事を理論的に解明するところであるからして全く違う世界のように感じるのである

指導する…とは?  練習メニュー提供者?

サッカーに限ったことではないが実践、経験だけでは到底良い指導は出来ない。そのようなことは現代のこの時代に限らず、ずっと言われ続けてきていることであり“指導者”を目指す者なら必ず耳にすることであろう。しかしその誰でも耳にするだろう事を本当の意味で“事実”として体感することが出来る者はさて何人いるだろうか?

指導というものは大変難しいものである。なぜなら指導者は対象になる相手(プレーヤー、子供、生徒、学生等様々な対象がある)の年齢を考慮した指導法(年齢別指導)を身に付けていなければならないからである。そしてその方法を会得するには“年齢別の特徴”をきちんと把握するということが必要であるからである。

もうひとつ指導をする上で大切なことがある。それは指導対象に施すための“手法”を持つということである。いくら年齢別の特徴を理論として把握していても、また目の前で起こった出来事がどういうことなのか?なぜそういった現象が起こったのか?その原因は何なのか?を評価し分析しその対策方法を立てることが出来たとしてもトレーニングを施す手法を持ち合わせていなければ良い指導者とは言えないのである。

では「指導する」ということはどういうことなのかと考えると「自分の頭の中にある理論を整理して対象に施す」という行為であるといえる。何もプランが無い状況や根拠も持ち得ない状態では、その場の行き当たりばったりの指導になってしまう。その上、指導者がトレーニングメニューを考案・開発する術を持ち合わせていないとなると、その効果はもはや期待できない。もっとも人は指導を始めた頃と言うのは、皆そのようなレベルなのだろうが・・・。結局、指導者は“分析→プランニング→実践→再評価”のサイクルを実践し、最終的に対象を改善できていなければ指導者とはいえないということを肝に銘じて指導対象の前に立たなければならないのである。さも無ければ単なる練習メニュー提供者、オーガナイザーでしかないのである。

指導をするということは思いを沸き立たせること

もう少し考えてみてこういった場合はどうだろう?指導理論は学問としても収め相当量持っている、そしてその手法も豊富に持っている・・・ではその指導者は良い指導者か???おそらく悪い指導者ではないだろうが反対に良くも無いのではないだろうか。私は指導において一番理想の姿ではないかと思うものがある。それは次の事柄である。

「指導者として“自分の伝えたいこと”をわかり易く選手に伝え、同時に指導者の期待や気持ちを伝えること、そしてそれ故に選手がやる気になって最大限努力を惜しまずに取り組むようになっていく」

これが指導の本来の姿ではないかと私は思っている。もちろん期待や気持ちを伝えることが対象にとっての重荷、プレッシャーになっては意味が無い。実際にはサッカー理論を把握し施術方法も知っている、そしてたくさんの練習メニューも持っているという状態の指導者はかなりこの世に存在しているだろう。しかし「この人のために頑張ろう」とか「この人に付いていこう」、「この人に教わりたい」という思いを沸き立たせることが出来る指導者は早々お目にかかれない。私はこの部分が指導者としての一番必要なところでありまた“指導をする”という行為の一番の魅力であると思っている。そして“指導”を自分の一生の仕事と思える理由であると思っている。

ライセンスの値打ちより整理された頭が大切

私の指導経歴を少し振り返る。大学卒業と同時に社団法人神戸フットボールクラブ(以下神戸FC)という会員制サッカークラブのコーチとしての仕事がスタートであった。当時は3歳児から6年生までのサッカースクールの指導から小学4年生から6年生のボーイズ(競技思考のチーム)、ジュニアユース(中学生年代の競技志向チーム)、ユース(高校生年代の競技思考チーム)シニア(18歳以上の競技思考チーム)、レディース(中学・高校・社会人の女子チームで競技思考チーム)、ベテランズ(50歳以上の壮年サッカーチーム)の指導等ありとあらゆる年齢・性質のチームの指導をしてきた。そして1995年には神戸に出来たプロサッカーチーム、ヴィッセル神戸に指導者として移籍しジュニアユースチーム監督(中学生年代のチーム)、ユースチーム監督(高校生年代のチーム)、サテライトチームコーチ(2軍的なチーム)、育成部門統括責任者を歴任した。

神戸FCに入った頃の自分は指導理論など無いに等しく、それこそ学生時代までの経験や感性で指導らしきことをしていたように思う。ましてやその内容たるやオーガナイザーでしかなかったのかもしれない。しかしこういった期間の間に日本サッカー協会・日本体育協会が開催する公認指導者資格の講習会に参加する機会を得、理論的なことを学ぶ機会も増えたと同時にライセンスを取得することが出来た。ライセンスを取得するということはそれ自体には大きな価値があるとは思わない。それよりも今までなんとなく頭の中にあったことが整理され、自分流のサッカー理論として構築されていったことに大きな値打ちがあると思っている。その成果なのか1999年には監督としてJリーグ・ユースカップ選手権大会、2002年にはコーチとして全国ママさんサッカー大会(現レディースサッカー大会)にて全国優勝を成し遂げ、同時にプロ選手も数名輩出できた。

疑問を持ち本を読む

今まで19年間サッカーの指導を行ってきて思うことは、物事をいかに順序だてて理論的に考察し伝えるか、そして常に自分の考え・行ってきたこと・行おうとすることに疑問を持つことが大切かということである。先にも述べた分析→プランニング→実践→再評価などはその最たるものである。ではこういった思考はどうやって身についていったのか?自分で自分を評価、検証することは難しいことではあるが、あえて言うならサッカー、スポーツだけではないあらゆる見聞を広めてきたことだと思っている。その方法は人と話をたくさんすること、人の話を聞く事、自分の知らない世界・人を見て目の前のことを知る事、そして疑問を持つことだ。自分の知らないことが世の中にはたくさんある、まずこういうスタンスで物事を見て受け入れることが大切である。そして知らないことに出会ったら「なぜ〇〇は△△なのだろうか?」と考えるのである。その解決策は人に話を聞くことと本を読んで自分で調べることである。ある種この“疑問を持つ力”がすべての根本なのかもしれない。

実は昔、私は本当に本を読むことが嫌いで読もうとしてもすぐ飽き、字を見ただけでも拒絶反応がしたものだった。高校時代には現代国語という授業で作者の意図を読むテーマがあったのだが「本人じゃあるまいし心を読み取れるはずが無い」といって全く拒絶していた。それがあるとき知人の読み終えた内田康夫氏の推理小説を偶然に一冊読んでから本を読むようになり、その後は推理小説のみならず伝記物、心理学書、時事物、歴史物など様々な本を読むようになった。今では3冊くらいの本を同時進行で読んでいる。不思議なものである。とくに今では和田秀樹先生や宮本哲也先生の教育書が面白い。

書く→読む

そしてもうひとつ大切だと思うことは文章をたくさん書くことだと思う。今、私は神戸市サッカー協会のホームページにコラムを書いている。その昔は会員向けの新聞を書いていた。余談になるが神戸FCというクラブは日本で最初に法人格を取得したクラブで1963年に設立されている。そういった歴史は日本サッカー界における重鎮をクラブに招いたのである。それは1954年スイスワールドカップ予選日本代表選手でありその後日本代表コーチをされた元毎日新聞編集局長・故岩谷俊夫氏、神戸一中・神戸一高・東大卒・1953年日本代表スタッフ・元朝日新聞編集局・故大谷四郎氏、元産経新聞編集局・サンケイスポーツ編集局長・現フリーライター賀川浩氏等新聞記者の中の記者、つまり物書きのプロである方々である。間接・直接の差こそあれ諸先輩の指導の下、単なる会報誌でありながらも文章の書き方を教わったことは私にとって大きな財産となった。いま様々なところに物を書く機会があるがこうやって書けるのもその経験であろう。しかし物を書くというのは根本的に文章を知ることなくして始まらない。つまりはやはり読書だ。

能力開花の方法

冒頭に“違う世界”という表現を使った。実践・経験に重点を置く指導と理論・知識に重点をおく指導・・・どちらが良い指導なのか?こういった疑問をいつも自問自答している。こういった種の疑問の答えはなかなか見つかるものではない。ある意味永遠のテーマなのかもしれない。しかし最近大学生を指導し、我が子の成長を見て思うのだが、指導者の本当の力は人間性だと思う。指導者に限らず人間はその中身である。知識も大切、経験に裏付けられた自信・手法も大切。しかしそれらをいくら持っていても相手・選手に伝える伝え方が悪ければ結局一緒である。相手の心を読む力、ちょっとした仕草で相手が言わんとする事や考えていることを推測する力を持ち合わせることが出来れば・・・その場から席をはずす行動がとれたり、相手を個別に呼んで話を聞いて解決したりできる。時には強めに物を言ったり、時には黙って聞いたり、物を言い易いスタッフを配属したり・・・。こういった対応策・反応が適切に出来るのである。すると相手は心を開きぶつかってくるだろう。いわゆる“周りに敏感になれ”である。

こういった能力を大きくも小さくも変えることが出来るとしたら・・・。そう、それには自分の知らないことをたくさん知る、自分の持ち合わせていないものを探すのである。言い古された言葉かもしれないが【たくさん本を読む】ということになる。幸いにも優秀な蔵書数を誇る我が大学の図書館。そこには能力開花の種がたくさん落ちている。そして疑問力を大きくする種も・・・。

といったような文章を今回大学図書館報 “さぎそう” に掲載することになった。図書館報だけに本との関わりを基本にした文章なのだが、実際に本というものは大切だと思う。結局人の意見、考えが述べてあるものが“本”というものであり(小説とて自分流)その数は人の数以上に現存する。だからその一つひとつの内容がすべて正解、正しいわけではなくあくまで個人的見解なのである。そう言う前提で読まなければならない。しかし様々なものの見方、考え方が人の数以上に紹介されているわけであるから、たくさん読んで自分なりにチョイスして、生活に役立てたり考え方を構築して行ったりすることは決して損ではない。このチョイスする力はつまりは“疑問力”を持っている人にのみ備わるのであろう。

ということでゆくゆくは自分で自分の“本”を書けたらすばらしいと考える今日この頃であった。