好転

遅ればせながらその後の報告IIIを・・・

2004年度関西学生サッカー秋季リーグ2部順位戦は11月28日(日)に1部との入れ替え戦権をかけて2部Bブロック2位の大阪教育大学と対戦した。前半を終えて0-0という一進一退のゲーム。得てしてこういう試合はセットプレーが左右するもの。案の定コーナーキックから押し込まれて0-1で敗れてしまい、総合4位に終わった。

結局、2部A1位大阪商業大学vs2部B1位大阪産業大学戦は、延長1-0で大阪商業大学が勝利し1部自動昇格を果たした。敗れた大阪産業大学は、1部9位同志社大学と入れ替え戦を行い、1分1敗で2部残留となった。一方我々に勝利した大阪教育大学は、1部8位の近畿大学と入れ替え戦を行い、1勝1分で1部昇格を果たすという結果になった。「われわれが入れ替え戦に進出していたら・・・・」とか「リーグで引き分けた商大や惜しくも敗れた大教大が1部昇格だから我々も・・・」とか考えがちになる。しかし勝てなかったことが実力であり事実である。今我がチームの選手が「そこそこやれたやないか・・・来年はいけるで!」と軽く考えてしまわないかが心配であり、必ずといってもいいほど陥る危険な現象であろう。

関西学生リーグの記録はこのホームページにて見ることが出来ます。

書初めにて

2004年12月中旬には次号を書き上げないと・・・と思い少々あせっていたのだが、気が付いてみると1月ももう半ばである。というより新年に移り変わり、年が新しくなっている。皆さんに旧年中のお礼も言わずに失礼し、なおかつ新年の挨拶までサボっているとはなんとも情けない・・・。今年になって罰が当たりませんように・・・。昨年は昌子家の長男・源(親子の仲はすごく良い。)の二度の入院騒ぎ、長女のギプス巻き事件、一昨年は家人の顔面骨折と良いことが少ない二年間だったので、今年こそは良い年になりますように・・・。昨年は私の本厄という事で、何でもかんでも原因は私になっていた。しかも私には何も起こらないのであるからたちが悪い。今年は良い年になりますように。

我が家は毎年正月3日に書初めをする。今年も子供たちと一緒に書いた。長男は「希望の大地」、長女は「白雪の連峰」と書いた。まあこれは、学校のほうでいくつかの候補の中から本人に選ばせていたようだ。私は「飛躍の一年」と。しかし飛躍というのにも色々意味があって「飛躍のための充電期から少しずつ芽を出していく」というニュアンスだ。一気にここで飛躍はしないほうが良い。飛躍してしまったら後は凋むだけだから。

ボールけりの喜び

3〜4年前に比べると遠征の数が減り、家にいる時間が長くなり少々勝手が違ってきた。以前は、夏休みであれば40日中30日は家におらず、しかも家にいないプラス5日は家で食事をしていない。つまり夜帰ってきて寝るだけという日が5〜6日という状態。冬・春休みは20日中15〜16日は何かしら行事があった…。クラブチームの有給指導者たちは、現在でもそのような状態である。そんな中、1月3日に神戸高校へ神戸FCの初蹴りに参加しようと行ってみた。しかし遅れて行ったため行事は終了するところであり、ゲームに参加出来なかった。そこで長男と少しボールを蹴った。そのとき思った、「こういう時間をとって一緒に遊べるのが不思議な感じ」と。それぞれ人生には価値観があり、考えがあるので一概にどうこうは言えないのだが、子供とこうやっている・・・なんでもない時間がとても幸せに感じたのである。今の自分の仕事環境が良い悪いでなく、時間を作る努力はしなければと・・・少しセンチになりながら考えていた。

潜んでいる危険

子供と一緒にいられる喜び・・・そうしてみると年末から年明けから不幸な事件が沢山ある。スマトラ島沖の大津波にみる災害、1月9日には尼崎で起こったパトカー追跡時の踏切事故(食事後の飲酒検査の指示に従わず11歳の子供を含む3人の乗った車が踏み切りに進入して衝突事故死)、今日11日には実際に自分が三宮に行く途中と帰宅する途中に2件のバイク転倒事故を目撃。うち1件は車から降りて単車を起こして救助をするという偶然に出会った。本当に些細なところに幸せがあるのと裏返しに、不幸もすぐ近くに潜んでいる。昨年、一昨年は今日のバイク事故ではないが意外なところの身近な事故に苦しんだのだから思いは強い。

サッカーも同じ

サッカーでもそうである。年柄年中・四六時中調子が良いということはまずありえない。気分的に乗らないとき、精神的に盛り上がらないとき、実際に嫌なことがあってしょげているとき・・・プレーそのものが冴えない事はいくらでもある。サッカーは相手がいることであるからましてや、まともに戦っても力関係でやり込められることさえある。しかしどん底(私はいくら下がってもどん底にたどり着くことなんてありえないと思っている)とは言わないが、ある程度、低迷・苦しみ・苦難・うまくいかないという環境に陥っても大丈夫。もともと人間なんていくら調子が良くても続かない生き物なのだから、良かった人もやがて落ちてくるし、落ちていた人は上がってくるのであるのだから。こう言う図式にしかならないのである。そう思うと“飛躍”しすぎては少々怖いものがある。日々自分流にて落ち着き、時間を使うことのほうが良いのではないか?そして良いアイディア・良い精神力が備わり、好転していくのではないか?・・・なんていうようなことを考えながら、3月21日に行うSCIXコーチングセミナーの打ち合わせに行くために車を注意深く運転していったのであった。