温故知新的今の自分

よくやった日本ユース代表

今、12月9日(水)午前2時。ワールドユースサッカー選手権大会決勝トーナメント1回戦、日本対韓国戦をスカパーで観た後である。

ワールドユースサッカー選手権大会・1次リーグ、緒戦のイングランドに2-0で勝利を挙げた日本ユース代表は続く第2戦、南米の雄・コロンビアに1-4と大差による敗戦を喫した。しかし決勝トーナメント進出をかけた第3戦のエジプト戦(エジプトは確かアフリカチャンピオンだったと思うが・・・)では高校生FW平山のゴールで1-0としぶとく勝ちあがりグループ1位での決勝トーナメント進出を果たした。

決勝トーナメント1回戦の今日、アジアユース選手権(アジア予選)決勝で0-1と敗れた韓国と対戦した。日本ユース代表は前半38分に先制点を許し苦しい展開となったが後半28分より途中出場した坂田大輔(横浜マリノス)の同点ゴール(82分)で延長戦に持ち込む。延長前半15分、坂田のこの日2点目、今大会通算4点目となるVゴールで2-1と逆転し、この世代4連敗をしていた韓国に世界大会という大きな舞台で初勝利、初得点を挙げ(この世代同士の試合では韓国にアジア予選決勝を含め過去4戦とも0-1で敗戦)大きく成長をする機会を勝ち得たのである。

Vゴール後集まって喜ぶ日本ユース代表

*この号が出ている時には準々決勝、ブラジル戦が終っているかな?
(実はトーナメント1回戦・ブラジルvsスロバキアは今日、9日日本時間23時に行われるので今の時点で日本の相手は分からない。)

テレビを見て思い出した・・・

私にとって実はこの世代の選手たちにはちょっとした思い出がある。

一つは、今の大学2回生に当たる年代が今年のワールドユース大会出場資格のメイン学年になるのだが、この世代がちょうど中学生であった1998年頃、私はヴィッセル神戸のジュニアユースを指導していた。そのころ私が指導していた選手たちは高校進学時にユースに持ち上がってからも指導をした者もいれば他の高校サッカーチームに行ってサッカーを続けた者もいた。やがて3年経った2001年に兵庫県国体少年選抜チームのコーチをすることになった私の下に1998年当時、高校進学時に別々のチームでプレーすることになったメンバー達が再び集まり国体選抜という一つのチームとして戦う機会に恵まれたという経験がある。加えてそれ以前(この世代が小学5・6年生のころ)に私は小学生兵庫県選抜の指導もしていたのだがその頃に指導をしていた数人ともこの時の国体チームで一緒に戦う事が出来た。さながら同窓会的に懐かしさとうれしさとをモチベーションにして戦ったのを覚えている。このときの国体メンバーの陳賢太(ヴィッセルトップ→甲南大)、新保和也(ユース→関学大)、長手良平(ユース→大教大)は中高とヴィッセルで、高校チームに進学した名倉佑(滝川第2→浜松大)、黒田達也(滝川第2→東京学芸大)、藤田祥史(神戸国際→立命大)は中学時代まで指導をしていた。他に三木章嗣(三木中→小野高校)などは小学校時代から県トレセンでずっと見ていたしジュニアユース時代、ユース時代に対戦を何度もしたおかげで知り合った日比野崇(神野ジュニアユース→滝川第2→東海大)、梅澤英明(吹田六中→神戸弘陵→関西外大)、堀裕介(セレッソ大阪ユース)らもいた。彼らは皆今、20歳を迎える世代であり少しばかり昔を懐かしく思い出した。

頼もしい姿

二つ目はこの世代を指導していて彼らが中学3年生のときのことである。ヴィッセル神戸ジュニアユースとして第14回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会に出場していた我々は第3位と言う成績を収めた事があった。準決勝で清水エスパルスに敗れたのだがヴィッセルとしてはチーム創設以来初の日本サッカー協会主催のビッグタイトル入賞を果たしたのであった。

現在も続いているのだがその全国大会の大会期間中、活躍した選手を優秀選手として表彰し、9月第1週の日曜日にその優秀選手による東西対抗戦が行われている。その年、私が教えていた選手の中から新保和也と黒田達也の2名が西軍チーム(西軍は静岡県より西に所在地があるチームで編成されている)優秀選手に選ばれ、名古屋の瑞穂球技場にて行われた東西対抗戦に出場した。その際の東軍、西軍の監督、コーチは大会の成績上位チームの監督が勤めることになっており、清水の大石監督(当時)が監督、私がコーチを務めることになった。その西軍チームとしてセレクトした選手はというと今回のワールドユースに出場している永田充(エスパルスJrユース→静岡学園→柏レイソル)、菊地直哉(エスパルスJrユース→清水商業→ジュビロ磐田)がおり角田誠(サンガJrユース→サンガユース→サンガ)もいた。他に代表には入っていないが長沼圭(グランパス)、深沢良輔(エスパルス、現在は退団)などもいた。当然のことながらとても上手い選手であった。永田と菊地は確か年は一つ違いだったと思うが彼らはエスパルスユースには進級せず高校サッカーを選択している。そしてエスパルス以外のチームにプロ選手として入団しているのが興味深い。あの選手育成に定評のある清水でさえそんな現象が起こっていたのである。

彼らを預かり、たとえ1試合だけとは言え一緒に戦えたのは私にも貴重な経験であったと同時に今でもとても気になる選手である。今ではなかなか話をする機会はないのだが気さくな笑顔をみせ会話をしたものだった。テレビの画面での様子ではあるが彼らの勇姿を見て頼もしく感じたのであった。

決勝ゴールの坂田大輔

今日の決勝ゴールを決めた坂田大輔。彼に関しても思い出がある。1999年Jユースカップで優勝を成し遂げたときの決勝の対戦相手が横浜マリノスであった。そのときFWとしてマリノスの攻撃を支えていたのが坂田であった。何せマリノスと対戦する私にとっては相手チームの戦力分析、試合における作戦を考えるために何度も試合、ビデオを見たのだから覚えていないわけがない。しかし当時の印象からすると今のプレー振りの方がはるかに迫力がありスピードもある。プロになり代表になるのだから当たり前のことなのだが当時から良い選手だと言われてはいたもののここまで成長するとは思わなかった。少し華奢な選手で何処となく弱さも感じられ「これが取れれば・・・」と言う感じであった。いつも見ているわけではないがしばらくぶりに画面で見たら頬がこけ精悍な顔つきに驚いた。やはり高校生から20~22歳頃までの鍛え方、経験と言うものは大切であり、言い換えればこの年齢になってからが大切であり大いに成長するのだなあと感じた。証拠に坂田はこのユース代表にチーム立ち上げ当初から選ばれているわけではなく、しかも世代は一つ下なのである。

兵庫での選手育成は

今回のワールドユースを観戦し思うのである。前出の永田しかり、菊地しかり坂田しかりである。なぜに素晴らしく成長し期待の大きなグッドプレーヤーになっていくのか?

兵庫県では2006年に国体がある。今日(12月8日・19:00より)偶然にも県技術委員会が開催され将来的な話も少し話題に上がった。結局国体など全国レベルの大会で成績を収めようと思えば日の丸をつけるレベルの選手が数人いなければ勝てないだろう。しかし、勝て勝てと言う反面、兵庫県トレセン(選抜選手の集まり)では普及的な要素も多少含まれているのも事実である。今のままではなかなか日の丸選手は輩出できないのではないかといった意見も出た。ではどうしたらよいか?

指導者が変わり環境が良くなることだ。とはいえ今すぐに環境は変わりにくい。しかし指導者は変われる。頭の中一つ変えればよいのだから。しかしながら「現トレセンにおいては普及的要素があるうえに実際には他に自分の仕事があり自分の指導しているチームもある。だから実際には選抜の指導は物理的に難しい・・・」といったような意見が出た。そんなことを言い出したらどの県も同じである。そして選手と言うのは「あの人は教師だから適当に○○しといたらいいや。」などと人の職業を見て本気になったり手を抜いたりしない。子供にとって目の前に現れた指導者はどんな職業であれ指導者である。職業により見る目を変えたりしない。本質的に子供達にとって大切なことは指導者の存在そのものであり指導者の人間性であり指導内容である。「昌子さんはプロで指導しているからサッカーを優先できるだろうし自分のチーム以外の指導をしようと思えば出来るでしょ?でも私らは本来の仕事があってその合間を見計らったり時間をやりくりしたりで選抜の面倒を見ているのですよ。しかも交通費などいくらも出やしないし・・・。」といったことを以前によく言われた。確かに交通費としては所属クラブが負担してくれたこともあった。しかしあくまでも本業は自分のチームの指導でありいつも選抜の指導に行ける訳ではなかったのは私も同じだ。まあ当時の状況はどうでも良いのだが今現在はそう言っていた人たちと同じ職場状況に私もなったのだ。だから余計に私は選抜関係の仕事をやらなければと考えている。私がやり出せば他の指導者は文句を言えないだろうから・・・。

人前であまり愚痴を言ってはいけない。出来ないことがあればなぜ出来ないのか理由の分析が必要なだけで文句や愚痴は要らない。できなければやらなければよい。やるなら建設的意見を言い実際にやるだけでよい。兵庫県技術委員会もしっかりと2006年まででなく将来を見据えたきちんとした強化策を考えなければならない時期が来ている。私も技術委員会の一員である以上責任を持ってやらなければならない。出来なければ引き受けるべきでないと言う気で・・・。

古きを尋ねて新しきを知る・・・昔の経験、自分がしてきたことを振り返ってみるといかに自分のしてきた事で成果が出ていることが少ないか・・・それを諸先輩がしてきたことと比較するとなんとも頼りないものか・・・そういったことがとても多いものだ。しかしこのことそのものがまた自分への経験となって新たな自分を創り発見するのだろう。そうやって変わる事が出来たら兵庫県の為に役に立つことをもっともっとしたいものだと思う。

・・・でも このコラムが愚痴だったりするのかな????