サッカーとハート :指導者の固定概念排除2005-02-07

カンファレンス

1月8日から10日まで浦安市文化会館にて第4回フットボールカンファレンスが開催され出席した。今回は「ユース育成」がメインテーマに掲げられ、様々なプレゼンテーションが披露された。それらを聴講することで新しい情報や諸外国の実例を垣間見ることが出来、非常に刺激的であった。1日目のU-20代表監督・大熊氏、U-17代表監督・布氏、JFA GKプロジェクト長・加藤氏、U-19/17女子代表監督・今泉氏らによる2004年各種代表の活動報告(U-20/17はアジア予選の報告)に始まり、2日目はドイツ バイヤーレバークーゼン ユースアカデミーダイレクター ヨルク・ビットナー氏による「バイヤーレバークーゼンにおけるユース育成」、前フランスサッカー学院校長 クロード・ドュソー氏による「フランスサッカー協会のユース育成」、イングランドサッカー協会GKコーチ マーチン・トーマス氏による「イングランドにおけるキーパー育成」、UEFA技術委員長 アンディー・ロクスブルグ氏による「UEFAのユース育成」などのプレゼンが展開された。

色々と細かい考え方が述べられたのだがどのプレゼンターを見ても感じることはとても表現・表情が豊かであり、加えてユーモアもありと、とても聞きやすいものだった。耳にすんなり入ってくるというのか、言葉・表現・表情・言い回しにいやみが無い。話をすることに慣れているのだろうが、聴衆を飲み込むというか堂々とした態度が共感を呼ぶ。

話の内容としては、大局のテーマに違いはあるものの共通しているのは“グラスルーツ”というキーワードだった。これは簡単に言えばサッカーの普及ということになるのだが、つまり若年層への働きかけ・環境整備がその国のサッカーパワーを向上させるということを理解し対策を立てなければならないということである。競技力が高いプレーヤーだけでなくあらゆるサッカープレーヤーにサッカーの環境を与えること、そしてそのなかで競技力が高く、自国の代表になっていくものへは専門的な働きかけが必要であるということである。ただそういった普及と強化が繋がって一定の成果をもたらすようになるためには、資金・環境・設備・ヴィジョン・コーチングノウハウ・教育など沢山の物を充実させていかなければならないということを忘れてはならないということも話の中には押さえられていた。

握手という習慣の出会い

今回のカンファレンスで思ったことのひとつにこんなことがあった。こうやって全国の指導者が一堂に会して勉強会をする機会はもとより、サッカー界の指導者たちは顔を合わせるたびに必ず挨拶と同時に握手をするようになったということである。もう標準事である。とてもスムーズである。ほんの6〜7年前はこんなこと皆無に等しかった。実は私は19年前にある体験をしたことがある。大学卒業と同時に入った神戸FC入社1年目の6月、神戸市立磯上球技場にて行われたユースチームのクラブチーム東西対抗戦・西軍選抜の練習会でのことである。そのとき西軍選抜のコーチとして来ておられたあるコーチ(当時ですでに長年指導者をされていたという大先輩)が新参者の私に握手を求めてきてくれたのである。当時、握手をするような人に出会ったことの無い私は驚きと恥ずかしさでどうしてよいやら困った記憶がある。当時の私には考えられない行動である以前にこんなことをする人はおかしいんじゃないか・・・という認識さえあった。しかしそれから20年近くたっている現在、それらの行為は今では当たり前事である。

サッカー界の仕掛け

人間という生き物は、根本的に人と人の接点なくして生きていけない。と同時に生きていたとしても精神的に健康ではなくなるように出来ている。理屈ではない。本能なのだ。そしてそれは異性に対してのものと同姓に対してのものとの違いがある。しかしスポーツという媒体を介してはそれらを超越する“親しみ”があったり、”思い入れ“があったりする。最初は照れくさいと思っていた行動でも当たり前のようになっていく。

諸外国では文化的な違いがあるためなのか久しく会っていなかった人と再会したときや別れを惜しむときなどは、頬と頬を寄せ合いぬくもりを感じ親愛の情を表す。日本人にそこまで求めることは難しいが、握手すら文化としてない日本人がサッカーやスポーツに限ってはいまやいとも簡単に、そして当たり前のように握手をするようになってきた。そう思うと日本のスポーツ界の先人を切ってサッカー界は”握手の風習“を根付かせてきたといえる。

まだ間に合う

 この習慣付けに見られるようにの日本サッカー界はグローバルになったと感じる。そして日本スポーツ界の先陣を切って様々な仕掛けをしていることはサッカーに携わる我々にとってはとても誇りに思えることである。指導者養成事業にしてもしかり、選手発掘・育成システム(トレセンシステム)の確立しかり、プロ化しかり、2050年宣言しかり、Jリーグというネーミングしかり・・・。

どれをとっても先に仕掛けてきた日本サッカー協会ではあるが、JFAに限らず地域協会もそうなのだがサッカーという世界はいつの時代をとっても技術委員会から変革の波がうねっている。昨今のJFAの変化もそうである。そう思うと神戸FAも兵庫FAも今以上の成果を求めるには、技術関係者から変革の波を起こさねばならない。ドイツ バイヤーレバークーゼン ユースアカデミーダイレクター ヨルク・ビットナー氏、前フランスサッカー学院校長 クロード・ドュソー氏、イングランドサッカー協会GKコーチ マーチン・トーマス氏、UEFA技術委員長 アンディー・ロクスブルグ氏らに見られる表現・表情の豊かさとユーモアを勉強し、そして聞きやすい言葉・表現・表情・言い回しを駆使し、いやみが無い話が出来るプレゼンターとしてリーダーになっていく人材が必要になってくるということだ。

私は神戸・兵庫の場合は“組織の変化”というより指導者の力量アップ、外部のサッカーを見聞する機会の増加と見聞を基にした指導フィーリングの抜本的改造が必要と考えている。変わっていかなければならない時期が来ているのである。つまり外(自分以外、市外、県外、国外なんでも)を見て(自分以外のものをたくさん見て色々知って)自分の今を振り返り、今の自分に何が足らなくてどうしたら足らないものを会得できるかということに気づく必要があると考える。自分の固定概念を取り払っていかないと・・・。大脳の可塑性が進行している年代ではだめ・・・?