サッカーとハート :言い回しの妙2006-04-16

春季リーグを戦っている最中の昌子から皆さんに・・・。

4月15日と16日、関西学生サッカー2部春季リーグ第3戦・4戦が連続して行われた。それまで2勝していた我々は第3戦で昨年秋季リーグで敗戦した神戸国際大学と対戦し1-0で勝利。翌16日今日、昨秋1部に在籍していた大阪教育大学に3-2と逆転勝ちした。前半0-2のビハインドを大逆転、3点をもぎ取り勝利した。しかも3点目は終了間際のコーナーキックを押し込んでのもので得点後に試合終了という劇的な試合だった。現在4戦4勝。

その勝った様子をドキュメントするつもりは無いがこの試合中に感じた監督業の面白さを・・・。

指導をしている者いつかは“監督”になりたいと思うはずだ。なにせ監督は自由にスタッフを集めることができ、思った通りのことをする権限が与えられているから。しかし責任を負いながらではあるが・・・。

魔法の言葉は無い

『試合は立ち上がりが大切』いつものセリフをいつものように何度も告げて試合はスタート。だが開始2分で失点、前半0-1でもしょうがないと思いきや42分にまたもや失点。0-1でも苦しいのに終了間際にまたもや失点とは・・・。ハーフタイムに帰ってくる選手には元気が無い。なんて言葉をかけようか?

実は私の今までの指導人生の中で前半終わってハーフタイムに少々褒め言葉を出した試合は間違いなく後半不甲斐無い試合をしてきている。“褒めたら碌なことは無い”・・・これが私の経験知だ。後半になってガラッとチームの様相が変わる・・・我がチームの試合を見ていた人たちの感想でよく聞く言葉。毎試合のように後半そうなるわけではないが結果的に後半勝負が決まる。後半盛り返すにはどんな話をしたら良いかという自問自答の中に自分自身の“後半への予測”、“チームに対する思惑・希望”がリンクする。誰しもそうだろう、このままでよいとは思わないはずだ。だから色々な話をする。しかし『こう言えば後半良くなる』という魔法の言葉は無い。その分いつも言葉の選択には注意深くなり思慮深くなる。

言い回しの妙

以前から“外国人”のコメントに興味を抱いていた。ブラックジョーク然り、切り返すジョーク然り。いつも上手い言い回しに驚く。誰が何について話をしていたか・・・ということではなく、どこかでふと耳にする言葉の言い回しの妙に驚きを覚える。少々皮肉を交えたり例え話を使ったりの言い回しに・・・。昨今ジェフのオシム監督の言葉を綴った本が出版されているが、その言葉にも同じ思いを寄せる。なんと言い回し、比喩が上手いのか・・・と。

例えばオシム監督の言葉を借りるなら

■2005年8月6日 磐田戦後の監督会見より
(記者会見を終えて)
もう質問がないということは、皆さん、試合に満足していただいているということですね。
(さらに去り際に)
このように質問が少ないときは、いい試合か最悪の試合ということです(笑)。

■2005年5月10日 サッカーダイジェストNo.783 イビチャ・オシム攻めの美学 その真髄より
すべての監督が大きなプレッシャーを感じている。ほとんどの人たちが、試合の内容よりも結果に注目しているわけだからね。やはりチームが負けないサッカーを彼らは選択していくだろう。ただそういうことを続けていたら、残念ながらいい内容の試合は展開されないでしょうね。

■2005年4月28日 G大阪戦終了後の監督会見にて(質問に対するコメントの中から)
攻撃というものは、攻めやすいところから攻めるもの。それは見ていればわかるだろう。

■2003年4月12日 0-3で敗れたヴィッセル神戸戦の監督会見で
今日唯一良かったことは、最低のプレーをした選手が全員だったということだ。

■2003年10月18日 仙台戦後の会見にて、2得点した佐藤の評価を聞かれ
2点をとったのは佐藤でも勇人でもなく、ジェフというチームが挙げたものだ。私はそう考えている。

といったように。

一本芯を通す

私は良く使う言葉がある。『雨の日のサッカーは雨の日にしか練習できない』。今日の試合でまさに同じような言葉が浮かんだ。発展途上のチーム・選手を抱えている今の現状で、自分の目指すものは何なのか?この指導コンセプト・基盤が呆けていたら私の話は続かないし指導方針がまとまらない。“今このとき(2006年春季リーグ)に結果を出したい”、いやいや“将来にわたっての生涯スポーツサッカーの基盤を作りたい”、または“競技スポーツとしての優秀な選手を育てたい”・・・等々目指すものは色々在る。どれも達成したいものなのだが私の中には『個を育てて勝つ』という目標が離れない。個が育てばチームも育つ・・・と信じている。仮に今日の試合を落としても個は育つとするなら勝てばもっと育つのだ。そう思った瞬間、私の頭に出てきたことは『次につながる試合をすることが後半しなければならない最重要課題なのだ』ということであった。そう順序が成り立つと出てくる言葉は自然と決まってくる。『0-2のビハインドをひっくり返す練習はビハインドのときにしかできないのだ』・・・と

空気を読み空気を発する

私の言葉が功を奏したのか・・・それはわからない。私だけではない。我がチームにはすばらしいコーチがいてGKコーチがいてトレーナーがいてマネージャーがいる。皆が力を合わせている。ただ大切なのは選手だ。主役は選手なのだ。だからこそ育てるために選手やチームの“気分”を重くしたり軽くしたり、はたまた選手のやるべきことを明確にしたり時にはぼかしたり・・・と色々と“言葉”を操る。そうすることで知恵がつき考える力がつく。そして何よりも空気を読む力がつく。選手が回りに敏感になり空気を読む、そしてそれはやがて何がしかの空気を“発する”能力へと変わる。目は口ほどにものを言う・・・ではないが体がメッセージになるのだ。すなわち指導者は空気を読ませるためにいろいろと状況を作り出す必要がある。演技をしてでも・・・である。 私が喜怒哀楽を表に出すようになったのはそのためである・・・ということで私の喜怒哀楽がもたらしたことで迷惑かけた人々にここで謝っておこう。